までぞ、唯一人君を寝室《ねべや》に訪ふ人の、まことに触れ得べき自然の絹にして、何処のあたりまでぞ、君が薫りを徒らに、夜毎《よごと》楽屋の媼《おうな》の剥ぎとるべき、作りし肌《はだえ》なるべきか。かくも、わが目は掻乱されぬ。かくもわが血は君が肉《しゝむら》を慕ひにき。お※[#二の字点、1−2−22]、ローザ、トリアニ!
われはかくして、舞踏《バレー》の一場ありて、君出るオペラと云へば、聞くべき音楽の一節をだも聞く事能はずなりぬ。春風の香しき鬢のもつれを弄ぶが如き律ありて、凡そ微妙なる感能の極度を動す舞踏《バレー》の曲につれ、君は爪先立ちて、鳥の如くに舞台を飛び廻り、曲の一節毎に、裾を蹴つて足を上げ、手をかざして両の脇を伺はしむ。或時は身を空にひねりて雲の褥に横はるが如く、或時は地にかゞまりて、ベヌスの裸像の如く、坐れる腰に云ひがたき曲線の美を示す。あゝ、この妖艶なる君が形体は、如何なる時、わが心より消ゆる事を得べき。もし、その消え得べき時ありとなさば、そは、唯だ、われにして君をわがアルコーブの帳幕《とばり》の陰に引入れしめ、わが手わが唇をして、親しく君が肉の上に触れしめん夕べのみ。遂げ
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