、其の年の初演奏はワグナーのワルキール、次の夜にはグノーがフオーストとの予告は出でたり。われは初めて見るリヨンのオペラ、巴里の其れにくらべばや人より先きによき席を得んとて、本屋、小間物屋の店、勧工場の如く連りし劇場の柱太き廻廊を、札売る方に進み行きし時、われは初めて君を見まつりしなり。お※[#二の字点、1−2−22]、ローザ、トリアニ!
 其の時、君は形余り大ならざる帽を後ざまに、いともはで[#「はで」に傍点]なる弁慶縞なす薄色地の散歩着を着給ひぬ。夕暮の急《いそ》ぐ人、狭き廻廊を押合ひ行く中に、君が衣服の縞柄の、如何にわが目を引きたりし。君は恋の絵葉書売る店先に、媼と立ちて語り給ふ。われは近く寄進みて、君が面を見まもりき。お※[#二の字点、1−2−22]、ローザ、トリアニ!
 君が面は恐しきまで美しく、頬の紅《べに》、唇の紅《べに》にてかざられき。恐しきまで美しとは、かゝる化粧の技《わざ》は、よく物事わきまへぬ妻、娘の、夢企て及ぶべき処ならねば。何とは云はん、われにして、若し若干《そくばく》の富を抛たしめば、今宵を待たず、君と共に一杯の美酒を傾け得べしと思ひぬ。妄想は忽ち、わが慾深き
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