見町《ふじみちょう》の大通から左へと一番町へ曲る角から二、三軒目に、篠田という軒燈《けんとう》を出した質屋の店先へかつぎ込まれた。
 わたしがこの質屋の顧客となった来歴は家へ出入する車屋の女房に頼んで内所《ないしょ》でその通帳を貸してもらったからで。それから唖々子と島田とがつづいて暖簾《のれん》をくぐるようになったのである。
 もうそろそろ夜風の寒くなりかけた頃の晦日《みそか》であったが、日が暮れたばかりのせいか、格子戸内の土間《どま》には客は一人もいず、鉄の棒で境をした畳の上には、いつも見馴れた三十前後の顔色のわるい病身らしい番頭が小僧に衣類をたたませていた。われわれは一先《ひとまず》土間へ下した書物の包をば、よいしょと覚えず声を掛けて畳の方へと引摺《ひきず》り上げるまで番頭はだまって知らぬ顔をしている。引摺り上げる時風呂敷の間から、その結目《むすびめ》を解くにも及ばず、書物が五、六冊畳の上へくずれ出したので、わたしは無造作《むぞうさ》に、
「君、拾円貸したまえ。」
 番頭は例の如くわれわれをあくまで仕様のない坊ちゃんだというように、にやにや笑いながら、「駄目ですよ。いくらにもなりま
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