どころか寝言も言へねへ。」
船頭「左様《さう》でもごぜへますめへ。秀八と寝言《ねごと》の手がありやアしませんかね。」
客「大違ひ/\。」
船「御簾《みす》になる竹の産着《うぶぎ》や皮草履かね。」
客「大分風流めかすノ。そりやアいゝ。船はどこにある。」
船「ソレさつき木場から直に参《めへ》りましたから八幡の裏堀にもやつてあります。」
客「ムヽ左様《さう》だつけの。」(ト言ひながら船にいたる。)
船「サアお乗ンなせへまし。お手をとりませうか。」
客「サアよし/\御苦労ながらやつてくんな。」
………中略………
客「トキニこゝは閻魔堂橋あたりか。」
船「どういたして。モウ油堀でごぜへます。」
客「たいさう。早いのう。然し是からは大川の乗切《のつきり》が太義《たいぎ》だのう。」
船「ナニまだ今の内は宜《よう》ごぜへますが、雪の降る晩なんざア実に泣くやうでごぜへますぜ。」
客「左様《さう》だらうヨのウ。」
船「早く稲荷橋まで乗込みてへもんだ。ヱ、モシ、旦那。思ひの外に夜がふけましたねへ。何だか今時分になると薄気味がわるウごぜへますぜ。」
客「浪へ月がうつるので、きら/\してものすごい様《やう》だ
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