の。」
船「おつなもんだ。夜と昼ぢやアたいさうに川の景色が違ひますぜ。」
客「闇の夜より月夜の方がこわい様だぜ。おやもう永代橋だの。」
船「御覧《ごらう》じまし。昼間だと橋の上の足音でドン/\そう/″\しうごぜへますが、夜はアレ水の流れる音がすごく聞へますぜ。ドレ/\思ひきつて大間《おほま》を抜けやう。」
 ……此時いづれの御屋敷にや八ツの時廻り河風にさそひてカチカチカチ。
[#ここで字下げ終わり]

 稲荷橋をわたると、筋違《すぢか》ひに電車の通る南高橋がかゝつてゐる。電車通りの灯火を避《よ》けて、河岸づたひに歩みを運ぶと、この辺《へん》は倉庫と運送問屋の外殆ど他の商店はないので、日が暮れると昼中の騒しさとは打つて変つて人通りもなく貨物自動車も通らない。石川島と向ひ合ひになつた岸には栄橋と、一の橋とがかゝつてゐて、水際に渡海神社といふ小さな祠《ほこら》がある。永代橋に近くなると、宏大な三菱倉庫が鉄板の戸口につけた薄暗い灯影《とうえい》で、却つてあたりを物淋しくしてゐる。そして倉庫の前の道路は、すぐさま広い桟橋につゞくので、あたりは空地でも見るやうにひろ/″\としてゐる。
 わたくしは
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