術も作らずにしまった。よし一つや二つ何か立派などっしり[#「どっしり」に傍点]した物があったにしても、古今に通じて世界第一無類|飛切《とびき》りとして誇るには足りないような気がする。然らば何をか最も無類飛切りとしようか。貧乏臭い間の抜けた生活のちょっとした処に可笑味《おかしみ》面白味を見出して戯れ遊ぶ俳句、川柳、端唄《はうた》、小噺《こばなし》の如き種類の文学より外には求めても求められまい。論より証拠、先ず試みに『詩経』を繙《ひもと》いても、『唐詩選』、『三体詩』を開いても、わが俳句にある如き雨漏りの天井、破《やぶ》れ障子《しょうじ》、人馬鳥獣の糞《ふん》、便所、台所などに、純芸術的な興味を托した作品は容易に見出されない。希臘《ギリシヤ》羅馬《ローマ》以降|泰西《たいせい》の文学は如何ほど熾《さかん》であったにしても、いまだ一人《いちにん》として我が俳諧師|其角《きかく》、一茶《いっさ》の如くに、放屁や小便や野糞《のぐそ》までも詩化するほどの大胆を敢《あえ》てするものはなかったようである。日常の会話にも下《しも》がかった事を軽い可笑味《ユウモア》として取扱い得るのは日本文明固有の特徴と
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