然木《てんねんぼく》を用いたり花を活《い》けるに切り放した青竹の筒《つつ》を以てするなどは、なるほど Rococo《ロココ》 式にも Empire《アンピイル》 式にもないようである。しかしこの議論はいつも或る条件をつけて或程度に押留《おしとど》めて置かなければならぬ。あんまりお調子づいて、この論法一点張りで東西文明の比較論を進めて行くと、些細な特種の実例を上げる必要なくいわゆる Maison《メイゾン》 de《ド》 Papier《パピエー》(紙の家)に住んで畳の上に夏は昆虫類と同棲する日本の生活全体が、何よりの雅致になってしまうからである。珍々先生はこんな事を考えるのでもなく考えながら、多年の食道楽《くいどうらく》のために病的過敏となった舌の先で、苦味《にが》いとも辛《から》いとも酸《すっぱ》いとも、到底|一言《ひとこと》ではいい現し方のないこの奇妙な食物の味《あじわい》を吟味して楽しむにつけ、国の東西時の古今を論ぜず文明の極致に沈湎《ちんめん》した人間は、是非にもこういう食物を愛好するようになってしまわなければならぬ。芸術は遂に国家と相容れざるに至って初めて尊《たっと》く、食物は衛
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