強《しい》られるがままに、厭《いや》な男にも我慢して身をまかした。いやな男への屈従からは忽《たちま》ち間夫《まぶ》という秘密の快楽を覚えた。多くの人の玩弄物《もてあそびもの》になると同時に、多くの人を弄んで、浮きつ沈みつ定めなき不徳と淫蕩《いんとう》の生涯の、その果《はて》がこの河添いの妾宅に余生を送る事になったのである。深川《ふかがわ》の湿地に生れて吉原《よしわら》の水に育ったので、顔の色は生れつき浅黒い。一度髪の毛がすっかり抜けた事があるそうだ。酒を飲み過ぎて血を吐いた事があるそうだ。それから身体《からだ》が生れ代ったように丈夫になって、中音《ちゅうおん》の音声《のど》に意気な錆《さび》が出来た。時々頭が痛むといっては顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》へ即功紙《そっこうし》を張っているものの今では滅多に風邪《かぜ》を引くこともない。突然お腹《なか》へ差込《さしこ》みが来るなどと大騒ぎをするかと思うと、納豆《なっとう》にお茶漬を三杯もかき込んで平然としている。お参りに出かける外《ほか》、芝居へも寄席《よせ》へも一向《いっこう》に行きたがらない。朝寝が好きで、髪を直
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