みょうじょう》が※[#「螢」の「虫」に代えて「火」、第3水準1−87−61]々《けいけい》として浮いているのに、覚えず立止って、出来もせぬ俳句を考えたりする中《うち》、先へ行く女の姿は早くも夕闇の中にかくれてしまったが、やがて稲荷前の電車停留場へ来ると、その女は電柱の下のベンチに腰をかけ、電燈の光をたよりに懐中鏡《ふところかがみ》を出して化粧を直している。コートは着ていないので、一目に見分けられる着物や羽織。化粧の様子はどうやら場末《ばすえ》のカフェーにいる女給らしくも思われた。わたくしは枯蘆の中から化けて出た狐のような心持がして、しげしげと女の顔を見た。
 電線の鳴る音を先立てて、やがて電車が来る。洋服の男が二人かけ寄って、ともどもに電車に乗り込む。洲崎大門前の終点に来るまで、電車の窓に映るものは電柱につけた電燈ばかりなので、車から降りると、町の燈火《とうか》のあかるさと蓄音機のさわがしさは驚くばかりである。ふと見れば、枯蘆の中の小家から現れた女は、やはり早足にわたくしの先へ立って歩きながら、傍目《わきめ》も触れず大門の方へ曲って行った。狐でもなく女給でもなく、公休日にでも外出した娼
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