が枯蘆の茂った彼方の空に聳えている。垣根はないが低い土手と溝《みぞ》とがあるので、道の此方《こなた》からすぐ境内へは這入《はい》れない。
わたくしは小笹《おざさ》の茂った低い土手を廻って、漸く道を求め、古松の立っている鳥居の方へ出たが、その時冬の日は全く暮れきって、軒の傾いた禰宜《ねぎ》の家の破障子《やぶれしょうじ》に薄暗い火影《ほかげ》がさし、歩く足元はもう暗くなっていた。わたくしは朽廃した社殿の軒《のき》に辛くも「元富岡八幡宮」という文字だけを読み得たばかり。境内の碑をさぐる事も出来ず、鳥居前の曲った小道に、松風のさびしい音をききながら、もと来た一本道へと踵《きびす》を回《めぐ》らした。
小笹と枯芒《かれすすき》の繁った道端《みちばた》に、生垣を囲《めぐら》した茅葺の農家と、近頃建てたらしい二軒つづきの平家《ひらや》の貸家があった。わたくしはこんな淋しいところに家を建てても借りる人があるか知らと、何心なく見返る途端、格子戸をあけてショオルを肩に掛けながら外へ出た女があった。女は歩きつかれたわたくしを追越して、早足に歩いて行く。
わたくしは枯蘆の中の水たまりに宵《よい》の明星《
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