ている元八幡宮の古祠に行当ったのは、砂町海水浴場の榜示杭を見ると共に、何心なく一本道をその方へと歩いて行ったためであった。この一本道は近年つくられたものらしく、敷きつめられた砂利がまだ踏みならされていない処もある。右側は目のとどくかぎり平《たいら》かな砂地で、その端《はず》れは堤防に限られている。左手はとびとびに人家のつづいている中に、不動院という門構の寺や、医者の家、土蔵《どぞう》づくりの雑貨店なども交っているが、その間の路地を覗くと、見るも哀れな裏長屋が、向きも方角もなく入り乱れてぼろぼろの亜鉛屋根《トタンやね》を並べている。普請中《ふしんちゅう》の貸家《かしや》も見える。道の上には長屋の子供が五、六人ずつ群をなして遊んでいる。空車《からぐるま》を曳いた馬がいかにも疲れたらしく、鬣《たてがみ》を垂れ、馬方《うまかた》の背に額を押しつけながら歩いて行く。職人らしい男が二、三輛ずつ自転車をつらね高声に話しながら走り過る……。
道は忽ち静になって人通りは絶え、霜枯れの雑草と枯蘆とに蔽《おお》われた空地《あきち》の中に進入って、更に縦横に分れている。ところどころに泥水のたまった養魚池らし
前へ
次へ
全11ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
永井 荷風 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング