く、長い橋をわたっているような気がした。
 道が爪先《つまさ》き上りになった。見れば鉄道線路の土手を越すのである。鉄道線路は二筋とも錆《さ》びているので、滅多に車の通ることもないらしい。また踏切の板も渡してはない。線路の上に立つと、見渡すかぎり、自分より高いものはないような気がして、四方の眺望は悉く眼下に横わっているが、しかし海や川が見えるでもなく、砂漠のような埋立地や空地《あきち》のところどころに汚い長屋建《ながやだて》の人家がごたごたに寄集ってはまた途絶えている光景は、何となく知らぬ国の村落を望むような心持である。遥のかなたに小名木川《おなぎがわ》の瓦斯《ガス》タンクらしいものが見え、また反対の方向には村落のような人家の尽きるあたりに、草も木もない黄色の岡が、孤島のように空地の上に突起しているのが見え、その麓をいかにも急設したらしい電車線路が走っている。と見れば、わたくしの立っている土手のすぐ下には、古板《ふるいた》で囲った小屋が二、三軒あって、スエータをきた男が裸馬に飼葉《かいば》を与えている。その側《そば》には朝鮮人の女が物を洗っている。わたくしは鉄道線路を越しながら、このあた
前へ 次へ
全11ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
永井 荷風 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング