《きば》を歩みつくして、十間川《じっけんがわ》にかかった新しい橋をわたった。橋の欄《てすり》には豊砂橋《とよすなばし》としてあった。橋向《はしむこう》には広漠たる空地がひろがっていて、セメントのまだ生々しい一条《ひとすじ》の新開道路が、真直《まっすぐ》に走っていたが、行手には雲の影より外に目に入るものはない。わたくしはその日地図を持って来なかったので、この新道路はどこへ出るものやら更に見当がつかなかったのであるが、しかしその果《はて》はいずれ放水路の堤に行き当っているにちがいない。堤に出さえすれば位置も方角も自然にわかるはずだと考え、案内知らぬ道だけにかえって興味を覚え、目当もなく歩いて行くことにしたのである。
 道路は市中《しちゅう》の昭和道路などよりも一層ひろいように思われ、両側には歩道が設けられていたが、ところどころ会社らしいセメント造《づくリ》の建物と亜鉛板《トタンいた》で囲った小工場が散在しているばかりで、人家もなく、人通りもない。道の左右にひろがっている空地は道路よりも地盤が低いので、歩いて行く中《うち》、突然横から吹きつける風に帽子を取られそうな時などは、道を行くのではな
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