タ界隈の鳥瞰図《ちょらかんず》を楽《たのし》もうとすれば、この天下堂の梯子段《はしごだん》を上《あが》るのが一番|軽便《けいべん》な手段である。茲《ここ》まで高く上《あが》って見ると、東京の市街も下にいて見るほどに汚らしくはない。十月頃の晴れた空の下《した》に一望|尽《つく》る処なき瓦屋根の海を見れば、やたらに突立っている電柱の丸太の浅間しさに呆《あき》れながら、とにかく東京は大きな都会であるという事を感じ得るのである。
 人家の屋根の上をば山手線《やまのてせん》の電車が通る。それを越して霞《かすみ》ヶ|関《せき》、日比谷《ひびや》、丸《まる》の内《うち》を見晴す景色と、芝公園《しばこうえん》の森に対して品川湾《しながわわん》の一部と、また眼の下なる汐留《しおどめ》の堀割《ほりわり》から引続いて、お浜御殿《はまごてん》の深い木立《こだち》と城門の白壁を望む景色とは、季節や時間の工合《ぐあい》によっては、随分見飽きないほどに美しい事がある。
 遠くの眺望から眼を転じて、直ぐ真下《まっした》の街を見下《みおろ》すと、銀座の表通りと並行して、幾筋かの裏町は高さの揃った屋根と屋根との間を真直に
前へ 次へ
全17ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
永井 荷風 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング