齠烽フ待合所を択《えら》ぶがよいと思っていた。
 その頃には銀座界隈には、己にカフェエや喫茶店やビイヤホオルや新聞縦覧所などいう名前をつけた飲食店は幾軒もあった。けれども、それらはいずれも自分の目的には適しない。一時間ばかりも足を休めて友達とゆっくり話をしようとするには、これまでの習慣で、非常に多く物を食わねばならぬ。ビイル一杯が長くて十五分間、その店のお客たる資格を作るものとすれば、一時間に対して飲めない口にもなお四杯の満《まん》を引かねばならない。然らずば何となく気が急《せ》いて、出て行けがしにされるような僻《ひが》みが起って、どうしても長く腰を落ち付けている事が出来ない。
 これに反して停車場内の待合所は、最も自由で最も居心地よく、聊《いささ》かの気兼《きが》ねもいらない無類上等の 〔Cafe'〕《カフェエ》 である。耳の遠い髪の臭い薄ぼんやりした女《おんな》ボオイに、義理一遍のビイルや紅茶を命ずる面倒もなく、一円札に対する剰銭《つりせん》を五分もかかって持《もつ》て来るのに気をいら立てる必要もなく、這入《はい》りたい時に勝手に這入って、出たい時には勝手に出られる。自分は山の手の書
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