キ時には、いつも明治の初年|返咲《かえりざ》きした第二の江戸を追想せねばならぬ。無論、実際よりもなお麗《うるわ》しくなお立派なものにして憬慕《けいぼ》するのである。
現代の日本ほど時間の早く経過する国が世界中にあろうか。今過ぎ去ったばかりの昨日《きのう》の事をも全く異《ちが》った時代のように回想しなければならぬ事が沢山にある。有楽座を日本唯一の新しい西洋式の劇場として眺めたのも僅に二、三年間の事に過ぎなかった。われわれが新橋の停車場《ていしゃじょう》を別れの場所、出発の場所として描写するのも、また僅々四、五年間の事であろう。
今では日吉町《ひよしちょう》にプランタンが出来たし、尾張町《おわりちょう》の角《かど》にはカフェエ・ギンザが出来かかっている。また若い文学者間には有名なメイゾン・コオノスが小網町《こあみちょう》の河岸通《かしどお》りを去って、銀座附近に出て来るのも近い中《うち》だとかいう噂がある。しかしそういう適当な休み場所がまだ出来なかった去年頃まで、自分は友達を待ち合わしたり、あるいは散歩の疲れた足を休めたり、または単に往来《ゆきき》の人の混雑を眺めるためには、新橋停車
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