、ここに自《おのず》から特殊の色調あるを知る。牡丹《ぼたん》芍薬《しゃくやく》の花極めて鮮妍《せんけん》なれどもその趣《おもむき》決してダリヤと同じからず、石榴花《ざくろ》凌宵花《のうぜんかつら》宛《さなが》ら猛火の炎々たるが如しといへどもそは決して赤インキの如きにはあらず。牡丹の紅《くれない》は加賀友禅《かがゆうぜん》の古色を思はしめ、石榴花の赤きは高僧のまとへる緋《ひ》の衣《ころも》の色に似たり。日本の花はいかほど色濃く鮮なるも何となく古めきていひがたき渋味あり。庭後庵《ていごあん》主人好んで小鳥を飼ふ。かつて語りけるは小鳥もいろいろ集めて見る時は日本在来のものは羽毛《うもう》の色皆渋しと。まことや鶯、繍眼児《めじろ》、鶸《ひわ》、萵雀《あおじ》の羽の緑なる、鳩、竹林鳥《るり》の紫なる皆何物にも譬へがたなき色なり。今や世を挙げて西洋模倣の粗悪なる毒々しき色彩衣服に書籍に家屋に器具に到処《いたるところ》人の目を脅《おびやか》すにつけて、僅《わずか》両三年|前《ぜん》まではさほどにも思はざりける風土固有の温和なる色調、漸くそのなつかしさを増し行かんとす。気早《きばや》の人|紊《みだり》
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