下げ]
一 市川松莚《いちかわしょうえん》君この頃『本草図譜《ほんぞうずふ》』『草木育種』『絵本|野山草《のやまぐさ》』等《とう》に載する所の我邦在来の花卉《かき》を集めて庭に栽《う》ゆ。君語つて曰く古めかしき草花《そうか》は植木屋にたのみても中《なか》には間々《まま》その名をさへ忘れられしものなぞありて可笑《おか》しと。さもあるべし。向島《むこうじま》の百花園《ひゃっかえん》なぞにても我国従来の秋草《あきぐさ》ばかりにては客足つかぬと見えて近頃は盛《さかん》に西洋の草花を植雑《うえまじ》へたり。日本の草花は温室咲の西洋草花に比すれば、その色淡泊その形|瀟洒《しょうしゃ》にて自《おのずか》らまた別種の趣《おもむき》あり。当世風の厚化粧|入毛《いれげ》沢山の庇髪《ひさしがみ》にダイヤモンドちりばめ女優好みの頬紅さしたるよりも洗髪《あらいがみ》に湯上りの薄化粧うれしく思ふ輩《やから》にはダリヤ、ベコニヤなんぞ呼ぶものよりも雪の下蛍草なぞのささやかなる花こそ夏には殊更好ましけれ。
一 つらつら四季を通じてわが国|草木《そうもく》の花を見るに、西洋種《せいようだね》の花に引比《ひきくら》ぶれば
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