にわれらを以て好古癖に捉はるるものとなす莫《なか》れ。われら真に良きものなれば何ぞ時の今古《きんこ》と国の東西を云々《うんぬん》するの暇《いとま》あらんや。西班牙《スペイン》に固有の橙紅色《とうこうしょく》あり。仏蘭西《フランス》に固有の銀鼠色《ぎんねずみいろ》あり。伊太利亜《イタリア》に固有の紅色あり。これ旅行者の一度《ひとたび》その国土に入るや天然《てんねん》と芸術との別なく漫然として然も明瞭に認むる所なり。一国の風土は天然と人為とを包合《ほうごう》して必ずここに固有の色を作らしむ。われらは我邦土《わがほうど》本来の面目の何たるかを知りこれを失はざらん事を慮《おもんば》かるに過ぎず。おのれの面目を知るはこれ即ち進んで他の面目の何たるかを窺ふの道たればなり。
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[#地から2字上げ]大正五丙辰仲夏稿



底本:「荷風随筆集(下)」岩波文庫、岩波書店
   1986(昭和61)年11月17日第1刷発行
   2007(平成19)年7月13日第23刷発行
底本の親本:「荷風随筆 一〜五」岩波書店
   1981(昭和56)年11月〜1982(昭和57)年3月
※「
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