に立たんことまことに難《かた》し。
一 詩歌《しいか》小説は創意を主とし技巧を賓《ひん》とす。技芸は熟錬を主として創意を賓とす。詩歌小説の作|措辞《そじ》老練に過ぎて創意乏しければ軽浮《けいふ》となる。然れどもいまだ全く排棄すべきに非《あ》らず。演技をなすもの紊《みだり》に創意する処を示さんとしてその手これに伴はざれば全く取るなきに了《おわ》る。翻訳劇を演ずる俳優の技芸の如き、あるひはまた公設展覧会の賞牌《しょうはい》を獲《え》んとする画家の新作の如き即ちこれなり。
一 角力取《すもうとり》老後を養ふに年寄の株あり。もし四本柱に坐する事を得ばこれ終《おわり》を全くするもの。一身の幸福これより大なるはなけん。小説家その筆漸く意の如くならずその作また世に迎へられざるを知るや転じて批評の筆を取り他人の作を是非してお茶を濁す。事は四本柱の監査役と相同じくしてその実は然らず。一は退《しりぞ》いて権威いよいよ強く一は転じて全くその面目《めんもく》を失ふ。
一 われら折々人に問はるる事あり。先生いつまで小説をかくおつもりなるや。よく根気がつづくものなりよく種がつきぬものなりと。これお世辞なるや冷嘲《
前へ 次へ
全10ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
永井 荷風 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング