ますます喜びてために新作を顧《かえりみ》るの暇《いとま》なきに至らしむ。音曲家《おんぎょくか》について見るもまた然らずや。聴衆の音曲家に望んで常に聴かんと欲する処はその人によりて既に幾回となく聴馴れしもの。即《すなわち》荒木古童《あらきこどう》が『残月《ざんげつ》』、今井慶松《いまいけいしょう》が『新曲晒《しんきょくさら》し[#「新曲晒《しんきょくさら》し」は底本では「新曲洒《しんきょくさら》し」]』、朝太夫《あさたゆう》が『お俊《しゅん》伝兵衛《でんべえ》』、紫朝《しちょう》が『鈴《すず》ヶ|森《もり》』の類《たぐい》これなり。神田伯山《かんだはくざん》扇《おうぎ》を叩けば聴客『清水《しみず》の治郎長《じろちょう》』をやれと叫び、小《こ》さん高座に上《のぼ》るや『睨み返し』『鍋焼うどん』を願ひますとの声|頻《しきり》にかかる。小説家の新作を出《いだ》すや批評家なるものあつて何々先生が新作例によつて例の如しといへば読者忽ちそんなら別に読むには及ぶまじとて手にせず。画工俳優音曲の諸芸家例によつて例の如くなれば益《ますます》よし。小説家例によつて例の如くなれば文運ここに尽く。小説家を以て世
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