よそ》から帰ってきた。みんなは彼を眼で食卓の傍《そば》へ招いた。
 父親は近所での見聞を、断片的にものがたりながら食卓に就いたが、食事にとりかかってその種《たね》を失った。祖父は重い口調で命令的に訴えた。
「松三。少し菊枝さ、言ってきかせて置がせえちゃ。俺言ったて、馬の耳さ念仏だから……」
 祖父はこう切り出して松三の顔を見、菊枝の表情《かおいろ》に見入り……。
 菊枝の頬はほんのりと紅がさして、自然に項垂《うなだ》れてしまった。そして彼女は、まるで飯粒を数えるように、飯粒の上に、箸の上に、小さな動作を繰り返した。
「まだ初稼ぎだで、山仕事で疲れてんのがと思えば……」
 祖父は容赦《ようしゃ》なく続けた。
「この忙し時、朝っぱらから、寝床の中で、書物を見てがるんだから……本当に呆《あき》れだもんだ。」
 松三は、けれども何も言わなかった。――そんなこと、別に腹立てる程のことでもあるまい――そんな表情で飯をかき込んだ。菊枝は、全く済まないことをしたと言うように、そのまま消えてもしまいたいと言うように、ほんのり、顔を赤らめて、息を殺して碗《わん》に盛った飯をもてあましていた。
「こんなこと
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