んの枕元へ撰《と》り出した。
「あ、爺様や、こんなごどしねえだって。」
「ほんとに少しばりだげっとも。――ほう、かれこれ正午《おひる》だ。どうも日が短けくて。」
「まるで、馬の手綱《たづな》のような……」とお美代は、弥平爺の財布の紐《ひも》の太いのを笑った。
障子を押し開いて、お美代は縁側に弥平爺を見送った。お婆さんは、額縁に嵌《は》められた風景画のような秋色の一隅を、ぼんやりと、潤《うる》んだ眼に映していた。
「ね、おめえも、早く帰《けえ》んでえすぞ。俺も若《わけ》え時、婿《むこ》に行ったどこ逃げ出した罰で、今になってこれ……」
庭先で弥平爺は、こう、お美代に言っていた。
「なんぼ貧乏しても、田作る百姓、飯だけ喰えんだから。ね、早く帰って、辛《つれ》えくっても、辛《つら》くて死ぬようなごとねえんだから、悪いごど言わねえ、辛抱していんでえす。」
弥平爺は、この言葉を、お美代のために言い残して帰って行った。併し、この言葉は、お婆さんも遠い昔の記憶の上に、現実とかけはなれた不思議な韻《いん》で聞き返すことが出来た。
四
その晩、お美代が隣の風呂から帰って来た時、お婆さ
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