蜜柑
佐左木俊郎
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)襤褸《ぼろ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
一時|杜絶《とだ》えた
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から2字上げ]――昭和二年(一九二七年)『随筆』二月号――
−−
一
お婆さんはもう我慢がしきれなくなって来た。けれども彼女は、しばらくの間を薄い襤褸《ぼろ》布団の中で、ただ、もじもじしていた。
厚い板戸を隔てた台所の囲炉裏端《いろりばた》では、誰か客があるらしく、しきりと太い話し声がやりとりされている。折々大きな笑い声も洩れて来る。慥《たし》かに誰かが来ているらしい。お婆さんは布団からそおうっと顔を出して見た。併しお婆さんは、また躊躇《ちゅうちょ》した。そして室の中を見廻した。
室《へや》の中にも晩秋の寂寥《せきりょう》は感じられた。障子の上には、二尺ぐらいの高さのところまで、かんかんと陽《ひ》があたっている。死に残った四五匹の蠅が、陽のあたった白い部分で、ぶぶうっと紙に突きあたっている。ところどころの、破れて垂れ下がった紙の上には、
次へ
全16ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐左木 俊郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング