薄黒く埃が溜まっていた。
台所の囲炉裏端からは、再び大きな笑いの声が起こった。
「本当、豆でも買って、まめになんねえで、どうもこうも……」
ひどく嗄《しゃが》れた、老人らしい声であった。
「ほんでえ、俺家《おらえ》の婆様《ばんさま》にも豆買いでもさせんべかな。」とお婆さんの伜《せがれ》の治助は笑いながら言った。
「此方《こっち》の家の婆様《ばんさま》なんか、何が……りっきとした息子があんのに。」
老人らしい声は、語調を力《つと》めて言った。
慥《たし》かに誰かが来ている。――とお婆さんは思った。そう思った瞬間、客があるという意識で、お婆さんは小児のような心理状態に置かれた。
「松! 松! 松はいねえがあ?」
お婆さんは、咽喉《のど》に引っ掛かるような声を搾《しぼ》って、二番目の孫娘を呼んだ。併し、それにはなんの答えもなかった。
「松! 水一杯呑ませで呉《け》ろちゃ。」と、お婆さんは続けた。そして咽喉をごくりと言わせた。
やはり、なんの答えも返っては来なかった。一時|杜絶《とだ》えた囲炉裏端の話し声は、再びひそひそと続けられているらしかった。お婆さんは、青い静脈の浮いている瞼
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