「ほんでも、まだ丈夫になったようですてや。丈夫で何よりだ。」
お婆さんは、また眼を開けて弥平爺の顔を見た。
「さっきの話であ、おめえ、頭の髪も、髪さ結び付けた赤い布片《きれ》も皆鼠に喰われでしまって、ほんで駄目なったのだ――って話だっけ……」
お美代は、囲炉裏端で弥平が、人を笑わせ自分も笑おうという意識で話したこの話を思い出して、手で口を掩うて笑った。
「そう言うごとにでもしねえげ……」と弥平は、淋しい笑いを笑おうとした。併しそれは、笑いにはならずに、僅かに口辺の線が歪《ゆが》められたきりであった。
三人とも口を緘《ふう》じられた。どしんと大きな沈黙を横たえられた感じだった。お婆さんは眼を開いて弥平の老《お》い窶《やつ》れた淋しい顔に視線を据えていたが、それも長くは続かなかった。すぐまた眼を閉じてしまった。
「さあ、俺もそろそろ帰《けえ》るとするがな。」
弥平爺は、しばらくの沈黙の後、腹掛けの丼《どんぶり》を探りながら言った。そして、鞣革《なめしがわ》の大きな財布を取り出した。
「婆様、さあ、これで何が味っぽいものでも――爺の病気見舞だ。」
弥平爺は、五銭白銅貨を二三枚お婆さ
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