の顔へ日蔭をつくった。
「うむ。珍しい人が来なしたで……」
 お婆さんは、遠い遠い昔の記憶を呼び起こすようにして、頬の上に微かな笑いの線をうごめかした。
「それさな。こっちの家の姉様が、こんなに大っきくなって、嫁御《よめご》に行ってるぢのだがら。」
「仙台の方さ行って、大変《おっかねえ》儲けだぢ話聞いだっけ……」
「なあにな。俺もな婆様、ひでえ長患《ながわずら》いしてしまって、儲げだ銭どこでなぐ使ってな。」
「ほうお、爺様も患《わずら》ったのがね。俺もこれ、この大《お》っき孫、嫁にやってがら、こうして床に就いたきりで……」とお婆さんは眼を閉じた。
「それに爺様も亡くなったぢね? こっちの爺様は面白い人でなあ。爺様に、頭の髪さ赤い布片《きれ》でも縛って、少しの間、廉《やす》ぐ売って歩いで見ろ――って言われたごとあったが、俺なあ婆様、そうして見だのしゃ。ほうしたら、売れで売れで、凍り豆腐は、あの爺様のでねえげ駄目だぢ評判で、随分儲げだのだげっとも……長患《ながわずら》いして、残した銭も、しっかり使ってしまって、またこうしてこれ……」
 弥平爺は、声を低くして哀れっぽい調子に語尾を引いた。

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