前掛けで折々眼を押さえた。
「俺も、若《わけ》え時、牛馬のように――やっぱり、町の方さでも片付けば……」
「町さもどこさも、おらどこさも、一生どこさも行かねえは、婆《ばば》さん。」
お美代は到頭、両手で掩《お》うた顔を、お婆さんの布団の端に伏せた。やがて欷《すす》り泣《な》きは、声にまでなって来た。
三
「こっちの婆様《ばんさま》も、弱ってるぢでねえが?」
声と一緒に、外から障子を引き開けたのは、豆腐を売って歩く弥平爺だった。お婆さんはすぐ眼をあけたが、太陽の光線を受けて眼叩《まばた》きを繰り返した。寝た位置がよかったので、ちょうど障子の間から出した顔と対していた。
「なんだ婆様、ひどく弱ったでねえが……」
弥平は、頬骨《ほおぼね》の突き出た白髪の頭をお婆さん方へ寄せた。けれども、お婆さんは、眩《まぶ》しそうに眼を開いたまま何も答えなかった。
「婆《ばば》さん、弥平|爺様《じんつぁま》だ。豆腐屋の弥平爺様だ。」
お美代は布団を軽く叩いてやりながら言った。お美代の顔には血の気がいっぱい上がっていた。
「眩《まぶ》しいんだ。眩しいんだ。」と弥平爺は、自分の顔でお婆さん
前へ
次へ
全16ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐左木 俊郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング