《い》がすちゃね……」
「どこを見ても、みんな緑だ。実に新鮮な色彩だ。それに、土の匂いがするし……。ほんに、田舎に限るな。」
彼は独り言のように言った。
梅三爺も爛《ただ》れた眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》るようにして四辺《あたり》を見廻した。鼻もうごめかしてみた。――しかし、雑草の緑が沁みついた梅三爺の瞳には、決して新鮮な眺望ではなかった。すがすがしい土の香《かおり》も、既に全身に沁みつくして、彼の嗅覚《きゅうかく》を刺激するようなことはなかった。美衣美食の生活者が、美衣美食を知らぬと同じ悲しさが梅三爺の上にもあった。
「東京になざあ、こうえな青々したところ、どこにも有《が》すめえもねえ。」
「え。ずうっと郊外、在の方へでも行かなければ……。なんと言っても、田舎のことですね。全く、百姓の生活に限る。」
彼は語尾を独り言のように結んで首を項垂《うなだ》れた。
竜雄は、三年前に東京へ出て行った。高等予備校に通って、高等学校の受験準備をするのが目的であった。しかし、彼は三度の入学試験に、三度とも撥《は》ねられた。今の彼の心には、田園生活がとぐろを巻いているの
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