行けば、安楽な生活が待っているのだと伜《せがれ》は言った。頼寄《たよ》りとする息子とも一緒に暮らすことが出来るのだ。けれども梅三爺は、どんな幸福が待っているとしても、先祖の墓所《はかしょ》を見限り、生まれた土地をはなれて、知らぬ他郷《たきょう》へ行って暮らす気にはなれなかった。
市平は、「こんな、自分のものってば、なんにもねえ土地に、一握《ひとにぎ》りの土もねえ土地に、何がそんなに未練が残んべな?」と言った。併し、彼の父親に言わせれば、自分のものとしては、一握りの土さえ無いからこそ未練が残るのでは無かったろうか? もし仮りに、一坪の土地でも、自分達の帰って来ることの出来る自分達の所有《もの》としての土地が、この生まれ故郷にあるのなら、或いは、梅三爺は伜と一緒に行く気になったかも知れなかった。……
いよいよ市平の出発の朝がやって来た。
汽車の通る町までは、三里に近い道程があった。市平は夜半《よなか》の二時頃から起きて旅支度にかかった。長い徒歩の時間が彼をせきたてていた。
「ほんでは、汝《にし》あ、まだ行ぐのがあ?」
梅三爺は、すっかり帰り支度の出来た市平を見ると、ぽろぽろと涙を落
前へ
次へ
全25ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐左木 俊郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング