行けば、安楽な生活が待っているのだと伜《せがれ》は言った。頼寄《たよ》りとする息子とも一緒に暮らすことが出来るのだ。けれども梅三爺は、どんな幸福が待っているとしても、先祖の墓所《はかしょ》を見限り、生まれた土地をはなれて、知らぬ他郷《たきょう》へ行って暮らす気にはなれなかった。
 市平は、「こんな、自分のものってば、なんにもねえ土地に、一握《ひとにぎ》りの土もねえ土地に、何がそんなに未練が残んべな?」と言った。併し、彼の父親に言わせれば、自分のものとしては、一握りの土さえ無いからこそ未練が残るのでは無かったろうか? もし仮りに、一坪の土地でも、自分達の帰って来ることの出来る自分達の所有《もの》としての土地が、この生まれ故郷にあるのなら、或いは、梅三爺は伜と一緒に行く気になったかも知れなかった。……
 いよいよ市平の出発の朝がやって来た。
 汽車の通る町までは、三里に近い道程があった。市平は夜半《よなか》の二時頃から起きて旅支度にかかった。長い徒歩の時間が彼をせきたてていた。
「ほんでは、汝《にし》あ、まだ行ぐのがあ?」
 梅三爺は、すっかり帰り支度の出来た市平を見ると、ぽろぽろと涙を落
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