「兄《あん》つあんが帰って来たぞう!」と叫びながら駈けて来たので、梅三爺は唐鍬《とうぐわ》を担《かつ》いで、よこらよこらと自分の小屋へ帰って来たのであった。
「あ、市平だで……」
「うむ。父《おど》病気だぢゅうがら……」
 市平は長靴を脱ぎ、炉傍《ろばた》にあぐらをかいて、巻き煙草を燻《くゆ》らしているところであった。
「病気ではねえのだげっとも、俺《おら》もこれ……」
 梅三爺はその後を言い続けられなかった。嬉しい気持ちなのか、それとも涙なのか、胸にこみあげて来るものが、梅三爺の言葉を遮《さえぎ》った。
 市平は、三年前に夜逃げをして行った時の彼とは、すっかり変わっていた。油に光沢を蓄えた髪を長くし、口髭を生やしていた。村の人々や父親を考えの中に入れて、知人の駅夫から借りて来た小倉の服には、五つの銀釦《ぎんぼたん》が星のように光っていた。保線課の詰め所に出入りする靴屋から、一カ月一円五十銭払いの月賦で買った革の長靴は、彼の予期通り、村の人々をも父親をも驚かした。
「これは市平、とっても立派な長靴でねえがや。巡査様《おまわりさま》の長靴だって、こんなに光んねえものな。」と、梅三爺は土ま
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