が百姓をしたがっていると言うこと以外に、なんのことか判然とは解らなかった。
「百姓もこれ、やって見れば、別《べっ》して宜《え》いもんでもがいんね。朝から晩まで、真黒になって稼《かせ》いで!」
「僕には、それがいいんですよ。なんの心配もなく、真黒になって働いて、第一|暢気《のんき》だからね。」
「そうでがすかね。あんまり暢気でもがいんがな。まあ、やって見さいん。」
「百姓の生活が暢気でねえなんて……。僕は、考えただけでも愉快ですけれどね。」
 こう言って、竜雄は微笑みながら梅三爺の顔を見た。

     三

 太陽はいつか西に傾いていた。この季節特有の薄靄《うすもや》にかげろわれて、熟《う》れたトマトのように赤かった。そして、彼方此方《かなたこなた》に散在する雑木の森は、夕靄の中に黝《くろず》んでいた。萌黄《もえぎ》おどしの樅《もみ》の嫩葉《ふたば》が殊に目立った。緑のスロープも、高地になるに随って明るく、陰影が一刷毛《ひとはけ》に撫で下ろされた。蘆《あし》の叢《くさむら》の多い下の沢では、葦切《よしき》りが喧《やかま》しく啼《な》いていた。
「父《おど》! 俺《おら》、家《うち》さ行
前へ 次へ
全25ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐左木 俊郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング