に出掛けて行って、いつのまにかこっそりと帰って来ては本に噛《かじ》りついているという具合だった。そしてどうかすると、大変遅くなってから帰って来るようなことも度々であったが、私はもちろんのこと、妻までが、最近は「どこへ行って来たんです?」というような質問はしないようになっていた。妻のそういう態度は、貞子に対してまで段々私と同じようになって来ることが感じられた。貞子もしばしば遅くなって帰って来るらしいのに、妻は決して「どこかへ廻ったの?」というような質問をしないらしかった。それが、峻の遅い時に限って、貞子もまた遅く帰って来るらしいのに、妻は気がついていたのかどうか、それに就いてはなんの一言も訊《き》かずにいるらしかった。
*
初秋の晩、私は一人だったので、玄関に鍵をかけて置いた。峻も貞子もまだ帰っては来なかった。私はそして「峻と貞子は一体どこを歩いているのだろう?」というようなことをぼんやりと考えていた。九時が過ぎてから、何方《どちら》かが玄関をがちゃがちゃと揺《ゆ》す振《ぶ》った。やがて「誰か開けて頂戴よ」という貞子の声がしたので、私は立って行って扉をあけてやったのである
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