いいえ」と「はい」とだけで押し通すのであった。妻が「峻さんのシャツは真っ黒じゃないの? お脱ぎなさい」と言っても、彼は「代わりのシャツが無いんです」とは言うことが出来ないのだ。顔を赤くして学生服のボタンをはずしたりかけたりしているだけなのだ。そして妻が、私の古いシャツを出してやると、初めて裸になるという始末であった。妻はしばしば「あなた方は、従兄弟《いとこ》同士なら、ときどきは何か言うものよ。唖だって、従兄弟同士なら、手|真似《まね》で語り合っているわよ」というような非難をあびせるのであった。
*
私と峻とが、ひどく面喰《めんくら》わされたのは、妻の姪《めい》の貞子であった。貞子は、峻よりも約半年ほど後から私の家に来て、峻と同じように私の家から女学校へ通うことになったのであるが、十七というのに私の前へ来て「叔父様! では、どうぞお願いいたします」と言うのである。私は別に用意があるわけでは無かった。その咄嗟《とっさ》の間に何か言おうと考えたのであるが、咽喉《のど》の奥の方で「う、う、あ」というように、結局は咽喉を鳴らしただけで赤くなってしまった。ちょうどそのとき運悪く、峻
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