のだ。が、彼女は涸れるものを涸れるままに、渇《つ》きるものを渇きるままに快楽を忘れることは出来なかった。日常の生活の上ではなんの心配もいらない有閑階級の、没落の途上で想像を許された唯一の快楽のために、彼女は、すっぽんの首を切ってその生血を啜《すす》らねばならなかったのだ。
 首を出した。すっぽんが首を出した。
 彼女はその首を木鋏で切断した。と、その首は銜《くわ》えていたものを吐き出した。白い指の一節だった。生爪の付いている繊細な指の一節だった。

     三

 彼女はベッドの上で朝刊を拡げた。
 彼女は或る記事に眼を惹き付けられた。
[#ここから罫囲み]
   省線荒しの掏摸捕わる
     犯人は食指の無い男
[#ここから2段組み、段間に罫]
二十日午後七時三十分、桜木町発東京行省線電車が新橋有楽町間を進行中、鼠色の鳥打を冠り、薄茶の夏外套を纏《まと》った四十前後の男が乗客婦人のオペラ・バッグより蟇口《がまぐち》を抜き取ろうとしたのを発見され、有楽町駅にて警官に引き渡された。
 犯人は右手の食指が無い男で、その語るところによれば、この男は、最近頻々として京浜間の省線電車を荒らし
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