ていたスリの常習犯らしい。
「私だって生まれた時は普通の人間でした。私は仕立屋だったのですが。だんだんと世の中が、手先が器用だというだけでは食って行けなくなって来て、女房が病気しても医者にかける金もない有様で、女房はとうとう死んでしまいました。私はそれからスリをやり出したんです。ところが私は、死んだ女房のことを考えると、綺麗な着物を着ている金持ちの女が憎らしくて仕方がないんで、大抵そういう女のものを取っていたんですが、或る時、私は或る女のオペラ・バッグの中で、どういう仕掛があったもんか、この指を切り取られたんです。それっきりスリなど廃《よ》そうかと思いましたが、金持ちの女がああして、綺麗な着物を着ていることを考えると、そして死んだ私の女房なんか、毎日綺麗な着物を縫っていながらそれを着られもせず、ばかりではなく、結局は飯さえ食えなくなったんだと、それが一体どんな奴のためだと、思うと私は廃《よ》さなかったのです。
[#ここで2段組み、罫囲み終わり]
彼女は朝刊から眼を離して部屋の隅を視詰《みつ》めていた。そして、彼女は二三カ月以前に、電車の中で、自働扉に指を噛まれたと言って血を流していた
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