》いて家の中へ這入りながら、こんなことを言った。この言い草は、すでに、爺は幾度も幾度も繰り返して聞かされた。それで爺は、今では、若い時分、自分が屈指《くっし》の稼人《かせぎて》だった自慢はもう決してしなくなったのである。

 平三爺は、事実、村でも屈指の稼人《かせぎて》であった。また、非常なお人よしでもあった。そして爺は、よく他人から騙《だま》された。取引をすると、きっと、損をした。他人の借金の保証人になっては、借り主の代わりに払わされたことも度々あった。そんなわけで、爺は、他人よりも余計働いたにもかかわらず、親から承《う》け継《つ》いだ財産まで、すっかり無くしてしまった。
 そのことを気にしているために、爺は、折々、伜までが自分から離れて行ったように思って、非常に寂しい気持ちになることがあった。その思いは、年を重ねるに従って、だんだん強くなって行った。伜夫婦は、何かにつけて優しくしてくれるのだが、それをさえ、爺は、その底の方に、何かしら意地の悪いものがあるように感ずることがあった。伜に戸主を譲って、一時、ほっとした気持ちになった爺は、また根《こん》をつめて働き出した。伜は、財産の少な
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