火の熱さには耐えかねて、遂にその群は散り始めた。そしてその煙草の火が蜻蛉の身体《からだ》に触れたと思った瞬間に、既に首を失っている蜻蛉の屍は、ばたばたっと暴れまわった。彼は驚いた。全く死にきってしまって、小さな蟻の群に運ばれつつある蜻蛉の屍が、急に暴れまわったのであった。まだ死にきらずにいるのならともかくも、既に首さえも無い屍が、何によってその運動を支配されているのだろうと思った。首の無い蜻蛉が……。
彼は幼い時分に、春先の野路《のみち》に、暖かい陽光を浴びて、ちょろちょろと遊んでいる蜥蜴《とかげ》に、石を投げつけた事があった。するとその尾が切れて、ぴんぴんとその辺を跳《は》ねまわった。その時はただそれを不思議に思っただけで深い疑問を抱きはしなかったが、後になって、蜥蜴の尾の、胴体と別々の運動をするのは、別れたその瞬間に、痛いと働いている神経が、連続的に、切れた後までもその尾の中に働いているのだと思った。だが蜻蛉の場合は、既に神経の運動を掌《つかさど》るものを失っているのだ。
彼はもう一度蜻蛉の屍に火を押し付けた。首の無い蜻蛉はまたばたばたと大きな翼を振り立てた。――神経を掌る脳は
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