先を遮《さえぎ》って幽遠さを見せている。それに赤い夕陽が斜めに光線を投げて、木立の中に縞《しま》の赤い明るみを織り出し、尚|一入《ひとしお》の奥床しさを添えている。彼は煙草を燻《くゆ》らしながら、この瞬間就職難の事を忘れて、落ち着いた気持ちで木立の中を歩いていた。
歩いている中《うち》に、彼は大きな蜻蛉《とんぼ》の屍が足先に落ちているのを見つけた。
「大きな蜻蛉だな。一体どうして死んだのだろう……。」と呟《つぶや》きながら、彼はそこに蹲《しゃが》んでその屍を視《み》た。そのまわりに小さな黒|蟻《あり》がうじゃうじゃと寄っている。そして大きな眼球のついた蜻蛉の頭は、小さな黒蟻の群に運び去られたのか、死体のまわりには落ちていなかった。
彼は煙草の煙を胸一杯に吸って、その黒蟻の群にぷうと吹きかけて見た。するとその中の幾匹かが、これは湛《たま》らないと言ったふうに、大急ぎで逃げ出した。けれども未《ま》だその大多数は執拗《しつよう》に喰い付いていた。彼はかたいじになって、今度は、蜻蛉の胸のあたりに喰い付いている一群に、煙草の吸い差しを押し付けようとした。すると、執拗に喰い付いていた蟻どもも、
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