、ガンと額に一撃を喰《く》わせる……、するとその額から鮮血が、弾《はじ》かれたように迸《ほとばし》り出て、四辺《あたり》のものが紅に染められる。また血はそこに働く人々の白いシャツにも飛沫《しぶ》きかかる……、豚はそこにころりっ[#「ころりっ」に傍点]と倒れて屍《しかばね》となる。それを両腕鮮血にまみれながら、鋸でごそごそひき切る。――彼はこうした場面を想像で頭の中に描いて見ると、どんなに金になっても、豚を屠《ほう》ることは厭だった。血まみれになって働く穢《きたな》さよりも、あの無邪気な生き物を殺すのが厭だった。生活のためにはどんな事でもする覚悟でいたのだが、自分が食うために豚を屠るのは……その藻掻《もが》き苦しむ酷な有様を自分の手によって醸《かも》し、それをまのあたり凝視《みつめ》るのは……。
彼は池のほとりを一巡りしてから、杉木立の中に足を入れて見た。日曜毎に東京から押し寄せて来る多くの人々の足に蹂《ふ》み躪《にじ》られて、雑草は殆んど根絶えになり、小砂利まで踏み出されている地面から、和《なご》やかに伸びた杉の樹は、太い鉛筆を並べ立てたかと思われる程真っ直ぐな幹を美しく並べ揃え、目
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