ら金側時計を引抜いて、それを覗きながら腰を上げた。
「おや! こんなどこさまで松埃が這入ってがる。ひでえには、ひでえんだな。見せえ、こら。」
 斯う言って彼は、森山の前に、自分の身体ごとその懐中時計を持って行った。時計の白い文字盤の上には、二つ三つの黒い斑点がとまっていた。
 幾ら考えても森山はあの土地を売る気にはなれなかった。田圃の底が煉瓦に変ると云うばかりでなく、そうして耕地を失った人々が、食物の生産から遠ざかって行くことがわかりきっているからだ。斯うして行ったら最後にはどうなるのだ? まさか煉瓦を食っているわけにも行くまい! 森山はそんな風に考えた。

       三

 煉瓦工場は黒煙を流し続けた。森山が土地を売らなければ、それで一時は中止するだろうと思われていたのだったが、そんなこと位で容易に怯んではいなかった。煉瓦工場では遠方にその材料の粘土を需《もと》め出した。赭《あか》い二つの触角は、森山の所有地を挟んで伸びて行った。
「煉瓦場の野郎共も、面白い野郎共だな。ほら、あの赭土を採った跡を見ろったら。煉瓦場の親父の頭の禿具合と、そっくり似たように拵えがったから。」
 部落の
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