だが、誰か一緒に行く者は無いだろうかと言うのだった。
 岡本のこの話は、新しい土地について耕作しなければならぬ村の人人の間に、非常な人気を呼んだ。彼への悪口は急に、讃辞へと一変した。
「あの人は、やっぱり、どこか偉いところがあるんだよ。俺も伴《つ》れて行ってもらえてえもんだ。」
 こうして、ここにも二十家族に近い移住開墾者群の一団が成立したのだった。
       *
 彼等が北海道に渡ったのは晩春の頃だった。高原地帯の原始林は既に、黝《くろず》んだ薄紫色の新芽に装《よそ》われていたが、野宿をするには、未だ寒かった。併し既に営まれている二十に近い開墾小屋は、とても他人を容れる余地を持たない、いずれも小さなものばかりだった。彼等は開墾場に近い深林《しんりん》の中に枯れ木を焚いて一夜を明かした。そして翌日から思い思いの小屋をかけたのだった。
 開墾地として選定されていた場所は、原始林に囲まれた処女地だった。幅三十町、長さ五十町ほどの荒れ野原《のっぱら》の一部分だった。萩と茅《かや》と野茨《のいばら》ばかりの枯《か》れ叢《くさ》の中に、寿命《じゅみょう》を尽くして枯れ朽ちた大木を混ぜて、発育
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