な!」
佐平は眼を釣りあげて口尻を曲《ま》げた。
「毛虫? どれ? どこだ?」
「旦那様の背中でがす。こんな、おっそろしい毛虫は、初めて見たな。なんて毛虫だべ?」
佐平は巡査の背中を視詰めながら、おそるおそる近寄って行った。
「なに、僕の背中に? 取ってくれ取ってくれ!」
若い巡査は、佐平の方へ背中を持って行った。
「こんな、怖《おっそ》ろしい毛虫、私は、おっかなくって、とても取られせん。服をお脱ぎなせえ。」
「そんなことを言わないで、早く取ってくれ、早く。」
「旦那様、服を脱がいん、服を……」
近くにいた誰かがその背後《うしろ》に廻ろうとしたが、巡査は狼狽《あわて》て制服を脱いだ。
「どこにや? うむ、佐平、何もいないじゃないか?」
若い巡査は、服の上の毛虫を見つけようとしながら言った。
「これが旦那様、私の、嘘の始まりぐらいのところで……」
皆は口から飛び出そうとする笑いを圧《お》し殺して、遠慮勝ちな微笑を投げ合った。巡査は真っ赤になった。「とうとうやられたなあ!」と笑って済ませるには、彼はあまりに若かった。あまりに融通性に乏しかった。
*
開墾地の耕作
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