でも知らない者が無いぞ。おい、僕の前で一つその嘘をついて見ろよ。」
「どうして、旦那様、旦那様の前でだけは……」
佐平は口尻を歪《ゆが》めて眼で媚《こび》笑いをしながら言った。
「誰の前だっていいじゃないか? うむ、一つやってみろよ。その名人振りを……」
「私も、種々《いろいろ》の罪のねえ嘘はつきますが、併し、旦那様の前でだけは……他《ほか》の人なら、ともかくも……」
「構わんと言ったら、他の人につくのこそやめねばいかん。併し、僕の前で、どれだけうまくやるか、試みにやる分には構わん。」
皆は顔を見合わせて、油を搾《しぼ》られている佐平を静かに眺めた。
「どうぞ、旦那様、御免なすって……」
佐平は巡査の背後《うしろ》へと逃げた。巡査は微笑みながら煙草に火をつけた。
「ほおっ!」
突然、佐平が叫んだ。佐平は巡査の背後《うしろ》から一間ばかりも、大狼狽《おおあわて》に狼狽《あわて》て後《あと》に退去《しさ》った。顔は驚きの表情で緊張していた。皆が一斉に佐平の方を見た。佐平は眼をむいて巡査の背中に視線をやった。若い巡査は訝《いぶか》った。
「どうした? 佐平!」
「毛虫でがす! 大っき
前へ
次へ
全34ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐左木 俊郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング