、もうここへ来る機会が無くなるもんだからね。来ても、すぐ引き返す列車にばかり乗務させられるようになるだろうと思って……」
「それは、わざわざ済みませんでしたわ。」
彼女は軽く頭をさげるようにしながら、寂しい低声《こごえ》で言った。彼女には初めての経験であった。誰もこうしてわざわざ別れを告げに来た男は、これまでに一人だって無かったのだ。
「僕、今夜は、ゆっくり話して、お互いに、心残りの無いように別れて行きたいんだが……」
「え、ゆっくり話しましょう。」
「これはね、お別れのしるしだ。少ないけど、僕だって貧乏人なのだから、これで勘弁してくれ。ほんのしるしだけだ。」
吉田はそういって、そこへ幾枚かの拾円札を掴《つか》み出した。彼女は驚きの眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》って、彼の顔を視詰めた。
「僕の気持ちだから、取って置いてくれ。ちょうど十枚あるはずだが、ほんとうは、あなたの病気がしっかりよくなるまで暮らしが出来るぐらいの金をあげたかったんだが、併し、なるべくその金の無くなるまで、ちゃんと直ってくれるといいね。」
「わたし!」
彼女はそう叫ぶようにいいながら、吉
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