ないわ。」
 彼女は寂しい微笑みをしながら言った。そして彼女は眼を潤《うる》ませていた。

     七

 吉田機関手は、背広を着て訪ねて来た。終列車が着いてから間もなく、いつものように作業服の姿で来る彼を待っていた彼女には、それが何かしら嫌《いや》な予感を投げつけた。
「あら、今夜は、どうなさいましたの? 背広なんか召して。」
 彼女は眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》りながら訊いた。
「やはりナッパ服を着て運転して来るには来たんだがね。ちょっと着換えて来たんだよ。あなたとも、今夜かぎりで、お別れしなければいけないんでね。それにナッパ服じゃあと思って……」
「…………」
 彼女は黙って彼の顔を視直した。彼女は、すべての男との関係がそうであったように、来るべきところまで来てしまったのだと思った。
「僕、急に結婚をすることになってね。考えて見ると、やはりいつまでも独身でこうしちゃいられないから。それで、結婚をすると、機関庫の事務所の方じゃ、変に気をきかして、泊まりの列車には容易に乗務させてくれないんですよ。そればかりでなく、結婚した当座は、夜行列車にも乗務させないし
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