ん。」
こう彼女は繰り返した。
「送って下さいよ。ね、いいでしょう?」
「あなたの家は、一体、どこなんです?」
吉田は、彼女の肌からの体温を身近に感じながら、初めて口を開いた。
「すぐですわ。すぐそこなの。」
「じゃ……」
吉田は首を垂れるようにしながら歩き出した。彼女は彼の身体へ寄り添うようにしてついて行った。
四
彼女は町端れに、六畳と三畳との二間の貸家を借りて、そこでささやかながら生存を続けていた。土地の誰かが、鉄道の開通した当座に、長い逗留《とうりゅう》の客を当て込んで建てた家であった。簡易な別荘風の安普請《やすぶしん》であった。併し、誰も借り手がなく、長い間あいていたもので、彼女は僅かの家賃で借りることが出来た。
彼女の家の中には、殆んど家具というようなものが無かった。簡単な炊事の器具のほかに、何ものをも必要とはしないからであった。幾度も幾度も湯につかり、昼の間は眠って、夜が来ると眼をさますのが、彼女の二十四時間であったから。
彼女は逗留客としての一面を生活し、同時に、出稼ぎ人としての滞在をしているのであった。彼女の温泉場への第一の目的は、都会の場末
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