こに相互的な関係を考えずにはいられなかった。

     三

 機関庫裏には、滝の湯の方への、割合に平坦な路が一本うねっていた。吉田は機関庫の宿直室からぬけて、よくそこへ散歩に出て行った。
 若々しい青葉の晩春で、搾《しぼ》りたての牛乳を流したような靄《もや》が草いきれを含んで一面に漂っていた。吉田は口笛を鳴らしながら、水色の作業服のズボンに両手を突っ込んで、静かに歩いた。遠くから、湯の川の音が睡《ねむ》そうにとぎれて来た。野犬が底の底から吠えたてていた。
「機関手さん! 御散歩?」
 靄の中から病気の繊《かよわ》い女の声がした。
 吉田は口笛を止めて振り返った。鼠色の女の姿が、吉田の胸の近くまで、跳ねるようにして寄って来た。
「機関手さん! 済みませんが、私を送って行って下さらない?」
 顔を伏せるようにして、女は、袂《たもと》の端を噛みながら低声《こごえ》にいった。白粉の匂《にお》いと温泉の匂いとが、静かに女の肌から発散した。
「ね! いけませんこと?」
「…………」
 吉田は、ひどく当惑した。彼は黙って、ただ、女の白い顔を視詰《みつ》めていた。
「いけませんこと? ね、機関手さ
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