。その出張費が、ちょうど、温泉の町での、一晩の簡単な遊興を支えることが出来たから。

     二

 吉田は終列車組の若い機関手であった。
 併し吉田は、温泉の町の遊廓へ、出張費を持って行くことが殆《ほと》んどなかった。彼は出張費の大半で新しい本を買うことにしているのであった。
「吉田! てめえ、いい歳をして、よく我慢していられるなあ? ピストン・ロットに故障でもあんのかい?」
 仲間の機関手達はそんな風にいうことがあった。
「馬鹿いうな! 故障なんかあるもんか。僕は、てめえ等のように、やたらと蒸気を入れねえだけのことさ。」
 吉田は口尻を歪《ゆが》めるようにして、軽く微笑《ほほえ》みながら、そんな風にいった。
「だからさ。たまには無駄な蒸気も入れて、ピストン・ロットぐらいは運転させなくちゃ、人間として、機関車の甲斐がねえじゃないか?」
「僕は第一、機関車だけで運転するっていうようなことが嫌なんだ。まして、ピストン・ロットを動かしたいだけのことで、わざわざあんなところまで行くのは嫌なんだ。」
 要するに吉田は、女性を単なる快楽の対象として取り扱うのが嫌な気がするのであった。何かしらそ
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