の言葉の中には、自分もあの時に一緒に殺されてしまったほうがよかったという感情が多分に含まれていた。
 しかし、雅子は病院の中で心臓を腐らしている吉本をただに恨み憎んでいるのではなかった。
 ――最近の彼女の吉本についての思い出は、たいてい彼を哀れむ感情に変わってきていた。自分と同じように、不幸だけを自分のものとして生き残っている前途の真っ暗な人間の、新鮮な空気に触れることのできない蛆《うじ》の湧きかけている心臓をそこに見いだした。
 ことにも雅子は、発作症状から覚めたときの吉本の感情と意識とをとてもたまらないものとして感じた。
 発作に襲われている間は全然意識を失っているのだから、感情を持たない人間として、死人にも同様になんらの同情も要さないわけなのだが、覚めているときの束縛感を思うと彼女は涙が出たりした。――そして、それが自分に発しているのだと思うと、彼女はわけてもたまらない感情に襲われるのであった。
 気が狂うまで自分を愛してくれるなんて、世界じゅうにあの人ほど自分を愛してくれた人はいないのだ!――そういう思いは彼女をひどくセンチメンタルにした。それは三か月あまりの同棲《どうせい》から受け取っておいた永峯の愛情をさえ乗り越えることがあった。
 彼女はときにはまた、彼らがあの時に話していた偽映鏡のことを思い出した。
 あの場合、偽映鏡という言葉が何を意味していたのか彼女には一つの疑問であり、ただ一つの好奇的な対象でもあった。
 彼女はそしてしばしば、病院の中の吉本を見舞ってやりたいという感情に揺り動かされるのであった。
 ――恋というにはあまりに哀しい暗さを持った感情! 友情という代わりに、好奇的な冷たさを持った愛情をもって。

       8

 空が青く冴《さ》えていた。
 吉本は長く伸びた髭《ひげ》の中に微笑を湛《たた》えて、雅子を迎えた。
「どうなんですか? その後は……」
 雅子は吉本の目を見詰めながら言った。彼の目は髑髏《どくろ》のように、痩《や》せた眼窩《がんか》の奥で疲れていた。
「そろそろもう治ろうと思っているんです。発作を起こすなんて、そんな馬鹿《ばか》らしい真似《まね》をする必要はなくなったようですから」
「まあ! ではあなたは、何か必要があってあんな真似をしていたんですか?」
 雅子は驚いて低声《こごえ》で叫んだ。
「世の中の偽映鏡は、ぼ
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